実際に私が経験したケースの多くは20〜30年前の幼少期のケースでした。劇的によくなられた方もあるし、時間がかかっている方もあります。また、中断・脱落が多いのもこの手のトラウマの特徴かも知れません。これは、患者さんの治療意欲が乏しいという問題ではなくて、向かい合うのが辛すぎるという問題のような気がします。治療者は、この手の治療がいかに大変なことで、辛いことで、時間がかかるのもやむを得ないものだということを伝えながら、励ましながら治療することが大切でしょう。それでも、治療がうまくいかないことも多く、難しさを感じます。 思春期〜大人になってからのレイプなどのケースもいくつか取り扱ってきました。EMDRを実際に行ったケースの場合、著明な改善が見られています。EMDRの治療効果の確かさを感じます。しかし、むしろ問題なのはEMDRを行う準備段階だと思います。
まず、いきなりEMDRをやったらよくなるというものではありません。特にレイプなどではPTSD症状が激しく、また治療に対するためらいや抵抗も強く、初期の段階では安定化が一番大切です。次に、本人が外来で前向きに話せるようになったとしても、まだいきなりEMDRには入らず、患者教育が大切になります。どのような治療であるのか、どのような効果が期待されるのか、どれくらいの期間がかかるのか、費用はどれくらいなのか、良くなった人はいるのか…等々、患者さんが治療に関して知っておくべき知識を十分に説明し、理解してもらうことが大切です。また、このような過程で治療者と患者との信頼関係を構築していくことも大切です。
これらの段階を経てから、患者の治療に対する意欲、落ち着き、ゆとりなどを十分に高めた上で、外傷体験に向かい合うための話をし、EMDR治療へと向かいます。このように周到に準備して行われたEMDRの場合、症状の激しさにも関わらず、1回のEMDRセッションでかなりの効果が見られています。自殺のPTSDと同じく、EMDRの治療効果というものは、患者さんの症状の強さとか外傷体験の残酷さに比例するのではないことがわかります。むしろ、患者さんの治療に対する意欲とか心の準備、或いは外傷体験以前が健康的であったかどうかなどの要因の方が治療効果に影響を与えているような印象があります。
いずれにしても性被害は最も重篤なトラウマのひとつです。人間の人生を左右するような深刻な被害・影響を引き起こします。特に幼少期の物ほどPTSDであることすら本人も周囲も気づかずに、深刻な影響を引き起こします。しばしば解離症状、健忘を伴い、性被害のトラウマであることすらわかりにくく、治療の困難さに直面することもしばしばです。でも、決してあきらめないで良くなることを信じることが大切だろうと思います。