トラウマの治療について

  • はじめに
  • EMDRとは
    • EMDRに対する印象
    • 暴露療法とEMDR 〜悲しい競争〜
  • DESNOS
    • Complex PTSD
  • 自然災害(阪神大震災)
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    • 加害者と被害者
  • 自閉症スペクトラムとトラウマ

暴露療法とEMDR 〜悲しい競争〜

暴露療法についての詳しい説明はネット上や書籍から色々な情報が手にはいると思いますので、ここでは省略させていただきます。

EMDRも暴露療法(認知行動療法のひとつ)も、PTSDに有効な治療法として今では広く知られています。どちらもそれなりの治療効果が見られるわけです。ただ、悲しいことに主に米国内の研究者同士の間で、暴露療法とEMDRのどちらが効果があるのかについて見苦しいほどの競争が見られています。主にISTSS(国際トラウマティックストレス学会)を舞台に色々なところであるようです。それはちょうど、バイオリンがピアノを馬鹿にしているようなものです。「ピアノなんて図体はでかいし、不連続な音しか出せないじゃないか。バイオリンは連続的な美しい音色を奏でることができて…」。または、空手が柔道を馬鹿にしているようなものです「空手こそが一番強い。柔道なんて互いの襟を握って押したり引いたりしていて…」。端で見ているものはこのような対立を見ても寂しくなるだけでしょう。

大切なことは、治療技術そのものではありません。それをどのように役立てることができるかです。どちらの治療法も有効であるとして、では、ぞれぞれがどのようにしてトラウマを治しているのか、それを通してトラウマの治療についての研究がさらに進めばよいわけです。或いは、どのような患者に、どのように使い分けるとよりよい効果が得られるのか、そうした事が大切なのです。どうも、研究に目がくらんでしまった人は、自分の研究業績という欲望に目がくらんでしまい、自分の研究していることが価値があると言いたくなるようです。患者さんの治療の方が大切なのに。

少しだけ、臨床的な違いがあるとすれば、暴露療法の方が、対象患者を選ぶようです。つまり、治療対象となる患者の条件というものがわりと厳しくて、実際に治療を受けられる人が限られてくるということのようです。外傷体験への暴露ということがかなり求められる治療法なので、それに耐えれるだけの力、安定性、強い意志がないと難しいなど…。そうした点では、EMDRの方が適応となる患者の範囲が広いのではないかと思います。

また、EMDRの方が、辛い外傷体験の記憶と直面するストレスが、暴露療法に比べると相対的に少ないような気がします。EMDRも、治療の最初に外傷体験を想起して治療がスタートするのですが、眼球運動を行っていくうちに比較的速やかに苦痛のレベルが下がり、患者さんへの負担が少ないのではないかと思います。

ただ、これは私の個人的な印象ですので、絶対的真実かどうかは別です。理想的には、両方の治療技術に熟練した有能な治療者が数多くの治療経験からどのような印象を持っているのか、是非聞いてみたいところです。あるいは、中立的な研究及び臨床を行う機関において、無作為にPTSD患者を、両方の治療法に割り付けて、治療効果を比較する研究などもできるとよいのでしょう。でも、実際には、まだまだそうしたことが実際に可能になるのは随分と先のような感じです。


日本トラウマティックストレス学会(JSTSS)から、「PTSDの薬物療法ガイドライン:プライマリケア医のために」、「PTSD初期対応マニュアル:プライマリケア医のために」という二つのガイドラインが発刊されPDFファイルが自由にダウンロードできるようになっています(2013年9月6日)。

この両方のガイドラインの中には「精神療法について」という部分があり、両方共に「とくにトラウマに焦点をあてた認知行動療法(CBT)が、その効果のエビデンスが豊富であり、有効であると考えられる」とのみ書かれていて、EMDRについては触れられていません。

JSTSSという学会には、日本EMDR学会の理事長をはじめ多くの会員が参加していますし、JSTSSの学会発表や学術雑誌の記事にもEMDRの話題はこれまで数多く見られています。また、APA(アメリカ心理学会、精神医学会)、ISTSS(国際トラウマティックストレス学会)、英国保健省、イスラエル政府、仏政府、豪政府、WHOもPTSD (心的外傷後ストレス障害)の治療ガイドラインにEMDRを載せています。JSTSSのガイドラインにEMDRが書かれていないのは、意図的な無視と思われます。この文章を作成した人は「その効果のエビデンスが豊富であり」と書くことで、EMDRはエビデンスが少ないので書かなかったのだ…と後から言い訳をするためにわざわざこのような書き方をしたのだろうと推測します。こういった事例が、私の言わんとする悲しい競争の一例です。米国内部の紛争を日本に持ち込む人がいるわけです。残念でなりません。

 

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